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  TEDCOM研究総括

  建築物の地震・台風防災に関する研究
  Typhoon and Earthquake induced Disaster Control and Mitigation
  研究代表者 : 大熊武司 (神奈川大学 工学部 建築学科 教授)


研究総括
地震も風も自然現象であるから将来のことは不確定である。しかし、昨今、「設計ならぬマニュアル通りの計算手続が増えているとの指摘が増えつつある。今一度、「設計に際し定めるクライテリアの意 味と実現したレベルの妥当性および未知の要因に備えた安全の余裕」に思いを馳せることが肝要である。そのためには、「設計者は損傷・崩壊像について具体的イメージを構築し、損傷防止、倒壊防止につ いて信頼性の高いシナリオを作成し具体化する」という考え方・姿勢が求められる。他方、これを実現するためには、「損傷制御」の概念の徹底とともに、
1) 信頼性の高い部材・接合部、
2) 信頼性の高いエネルギー吸収デバイス、
3) 地震加速度・風力についての情報と予測技術、
4) 地震時・台風時の建築物の実挙動についての情報と予測技術
等々の整備が求められる。
本TEDCOMプロジェクトは、微力ながらその一助となることを目的として展開した積もりである。成 果の要点を下記に列記するが、幸い、今回の成果を踏まえた新プロジェクト「災害リスク軽減を目的としたソフト・ハード融合型リスクマネジメントシステムの構築に関する研究:研究代表者 荏本孝久教授)」が、文部科学省より2005年度からの学術フロンティア事業として認定されたので、気持ちを新たに研究に取り組む所存である。


成果の要点

研究テーマI

制振・免震デバイスの性能確認実験および開発

 本研究テーマの基本的な目的は、性能評価のための評価項目と実験方法の確立ならびに新デバイスの開発である。  得られた主な成果は次の通りである。
  1. 鋼製制振デバイスの実験および開発

  2.  既存の鋼製制振デバイス(軸降伏型履歴ダンパー)のうち、芯材の座屈拘束条件が異なる4種代表モデルについて、それぞれの耐震性能を確認するために降伏荷重値等をそろえた同一載荷条件による静的繰返し実験を実施した。
     大地震(地動最大速度50m/s、層間変形角1/100)を想定した軸歪1.0%までの耐力確保実験では、座屈拘束が十分でないと予想された1モデルはその1/2の歪量付近より耐力低下傾向が見られたが、他の3モデルはほぼ安定した性状を示し、必要性能を満足していることを確認した。
      限界性能と考えられる軸歪3.0%まで載荷した結果、最後まで安定した性状を示したのは本プロジェクト関係のデバイスのみであり、累積吸収エネルギー比較においても他の3.6倍程度と大きな数値を示し、優れた耐震性能を有していることを確認した。
      しかし、本プロジェクトのデバイスは、製造法に関して、品質管理、両端部ディテールの設計に問題を残していることがわかった。

     次に、これらの知見を踏まえ、両端部ディテールに自由度があり、品質管理を厳しく行え、高歪状態においても安定した復元力特性を示す座屈拘束ブレースとして、鋼モルタル板高さを変化させ拘束力を調整した試験体及び芯材幅厚比を変化させた試験体を製作し、デバイス拘束力及び芯材幅厚比の変化が履歴特性に与える影響、累積塑性歪エネルギー、弾塑性性状、補剛性状等を検証するための数種の繰り返し軸方向載荷実験を行った。

     鋼モルタル板を用いた座屈拘束ブレースの数種の繰り返し軸方向載荷実験により以下に示す結果を得た。
    1. PE/Py=1.9(オイラー座屈荷重と降伏荷重との比)の試験体以外の試験体について、軸歪1.0%まで十分安定した復元力特性を持っており、レベル2地震動に対応する層間変形角1/100の変形に対して、十分な性能を有している。
    2. 層間変形角1/100相当の1.0%歪では、鋼モルタル板高さが35o以下であれば芯材幅厚比によらず、十分に安定した復元力特性を有している。
    3. 1.0%歪を超えた高歪状態においては、芯材幅厚比の値が座屈拘束ブレースの最終状態に大きな影響を与える。
    4. 座屈拘束ブレースの性能評価として、y軸にω指標(エネルギー吸収率に関する指標)もしくはη指標(累積塑性変形倍率に関する指標)、x軸にPE/Pyをとる場合、両者の関係は、芯材弱軸方向に座屈した試験体については線形的な関係がある。
    5. 本研究の性能評価ではη指標、ω指標の性能評価式は同じ一次式になり、両者の間には強い相関がある。

  3. 鉄筋コンクリート製制振デバイスの開発

  4.  鉄筋コンクリート造でコアタイプの建物では、靭性に劣る短スパン梁が存在する。このような部分に適した新たな制振機構として、地震後の修復性が良好でエネルギー吸収能力に優れた高エネルギー吸収X型配筋鉄筋コンクリート製梁を考案した。
     X型配筋梁のX型主筋に作用する力は全長にわたり一定であり、主筋とコンクリートが付着している必要はないため、X型主筋をデボンドとし、鉄筋が引張り降伏してもコンクリートに引張り力が伝わらずクラックの少ない梁とした。また、梁端部のコンクリートにノッチなどを設けることにより圧縮側の鉄筋が圧縮降伏し、エネルギー吸収能力が増加するようにした。
     
     本論で得られた主な結論は以下のとおりである。
    1. 短スパン梁にデボンドX型筋を用いることにより、梁中央部のせん断クラックを含めたクラック本数の大幅な低減が可能となり、総クラック長が大幅に減少し、修繕性が良好になる。  また、SFRC部材のように引張力に抵抗のあるコンクリートを併用することにより、損傷が著しく低減され、大地震後も修復が容易な部材とすることができる。
    2. ボンドされたX型配筋梁とデボンドのX型配筋梁の両者において、荷重変形関係における履歴性状や等価減衰定数で示されるエネルギー吸収能力には大きな差はない。
    3. X型配筋梁の荷重変形特性は、平行配筋梁とX型配筋ブレースとの和として算定することが  可能である。
    4. 部材端にノッチを入れた部材においては、コンクリートに作用する圧縮応力度を低減し、結果的に引張応力度が低減されるため、部材中央部にまったくクラックの生じない部材とすることができる。この部材は大地震後の修復性とエネルギー吸収能力に優れた部材である。
    5. 大変形時の耐力低下を防止するには、平行配筋部分に対して靭性保障型耐震設計指針で算定される量の横補強筋を入れればよい。デボンドX型配筋梁では、損傷を抑えるためにさらに横補強筋を入れることが有効である。
    6. 残留軸伸びは、芯鉄筋を配置することにより少なくなり、芯鉄筋にプレストレスを導入すると更に有効であることが認められた。

  5. 粘弾性ダンパーの検討

  6.  木造住宅の耐震性向上という観点から、粘弾性ダンパーが利用され始めているが、一般的に粘弾性体は温度依存性があり、台風のような長時間作用する動的外乱に対して温度が上昇し、設計上の性能が発揮されない恐れがある。
     このため、粘弾性ダンパーの長時間加力実験を行い、粘弾性体の温度上昇量と剛性変化量を示した。また、木造住宅の風応答の試算を行い、その制振効果について検討した。

     得られた知見は以下の通りである。
    1. 長時間加力に対して、歪振幅の繰り返し数が最初の1,000回程度までに粘弾性体の温度が上昇し、その後は温度が一定となるか緩やかに上昇する。
    2. 本実験で行ったパラメータの範囲では、長時間歪振幅を繰り返すことによる粘弾性体の材質劣化は見られなかった。
    3. 粘弾性ダンパーは、常温である20℃程度より低温の範囲ではエネルギーを吸収し、制振効果を発揮する。しかし、40℃程度では非制振建物より応答が大きくなる。
    4. 長時間継続する強風を受ける場合、粘弾性体温度の上昇により、継続時間中に応答値は初期の値から増大する。


研究テーマII

デバイスを設置した建築物の実挙動観測

 本研究テーマの基本的な目的は、地震・強風を対象とした観測体制が整備された、免震建物である23号館と耐震型ではあるが最新技術を導入した1号館の常時観測により、この種の建築物の設計・解析に貢献し得る良質の情報を蓄積することである。なお、このために、大学に引き渡される前に、「設計性能の検証」および「振動に対する基本特性の台帳作り」の観点から、加振レベルは限定されるが、大々的な振動実験を実施した。  得られた主な成果は次の通りである。
  1. 地震観測結果(1)

  2.  神奈川大学横浜キャンパスに新築された23号館は免震構造を有するRC造建物(地上8階、地下2階)として竣工され、2001年4月以降、強風・地震時の動的挙動を明らかにすることを目的として振動観測が行われている。23号館(免震棟)の地震観測結果より得られた知見は以下の通りである。
    1. 観測された地震動の水平最大加速度(Amax)値の鉛直方向の分布より、免震構造である23号館では、比較的入力地震動レベルが小さい段階から免震層上部で振動振幅が増幅しないことが確かめられ、免震層の効果が認められた。
    2. 23号館では、免震層上部の固有周期はX方向0.60秒、Y方向0.55秒であるが、免震層を含む上部構造では、建物最下層の入力地震動レベルにより長周期化し、異なるピークが認められた。これらの結果は、常時微動測定や起振器実験により事前に確認された結果とほぼ整合する。
    3. 23号館免震層の復元力特性は微小振幅レベルから変化し、免震層の層間変位の振幅レベルに応じた動特性の評価が必要である。

  3. 地震観測結果(2)

  4.  地震動は、震源、伝播経路、地盤構造の影響を受けて相違すると考えられているが、工学基盤と称される基盤層の不整形性やその上部の表層地盤構造や地形・地質に大きく影響を受けると考えられる。
    したがって、表層地盤の振動特性を把握することが重要な課題となっている。
    微動から推定される地盤振動特性と観測された地震動特性との整合性を検証するための資料として、地震観測記録と微動観測記録による地盤振動特性の比較検討を実施し、以下の知見を得た。
    1. 地震観測記録の伝達関数(Gs/Gb)は明瞭なピークを示し、表層地盤の卓越周期が得られる。観測地の地形によるものと考えられるが、X方向とY方向で周期特性が異なり、Z成分についてもX、Y方向と周期は異なるが、増幅が認められた。ただし、倍率はX、Y方向に比較して小さい。
    2. 地震観測記録と微動観測記録のH/Vスペクトル比は、個々の観測記録では変動するが、平均的には良く整合し、地震記録による伝達関数に周期特性は対応するが、振幅は小さい。
    3. 地形構造が不整形な場合は、地盤振動特性の方向性に注意が必要であり、このような観測地点においては、方向別に検討することも重要となる。

  5. 強風観測結果

  6.  免震建物は急速に普及しつつあるものの、竣工後からの使用年数が短いことから、歴史的な強震や台風などの外乱に遭遇した事例は少なく、その情報も乏しいのが現状である。神奈川大学23号館を対象として常時微動測定、地震および風外乱に対する実挙動観測を行い、捩れ振動特性、固有振動数、減衰特性、振動モード、免震層の復元力特性等について検討し、以下のような知見を得た。
    1. 地震時にはみられなかった捩れ振動は、風応答においては建物端部で並進成分を上回るような場合も生じる。
    2. 風応答時の応答加速度のピークファクターは平均的には4〜5程度の値である。
    3. 常時微動時および風応答時において8階の最大応答加速度が1o/s2以下の場合には、固有1次振動数はXおよびY方向共に約1.6Hzであった。風応答で最も大きな応答加速度(6. 9o/s2)が得られた10分のデータに着目すると、Y方向の固有1次振動数の場合1.5Hzを下回り、さらに、地震時(8階での最大応答加速度:X方向65.4o/s2、Y方向75.2o/s2)には、X、Y両方向共に約1Hzまで低下した。これらの固有1次振動数は、設計時に想定した免震層が初期剛性とした固有1次振動数より高い値である。
    4. 固有1次振動数に対応する減衰定数は、風応答時において8階の最大応答加速度が1o/s2以下の場合には2〜8%であり、常時微動時と同程度以上であった。風応答で最も大きな応答加速度が得られた10分のデータに着目すると、Y方向の減衰定数の場合10%を若干上回る程度まで増大し、さらに地震時には18〜20%まで増加した。
    5. 質量分布と常時微動時の固有振動数と振動モードから剛性を推定した結果、常時微動時の剛性は上部構造で設計値(初期剛性時)の2〜3倍、免震層で10〜15倍であった。同様に地震時について推定した結果、上部構造および免震層共に低下し、設計値に近い値となった。特に免震層の剛性の低下が顕著であった。
    6. 質量分布と地震時の応答加速度から推定した免震層の復元力特性はBi-1inearに近い形状とな り、低振幅域でも弾塑性的挙動を示し、大きな履歴減衰が得られることが明らかとなった。また、復元力特性の弾性剛性は常時微動時の剛性に概ね一致した。

 
研究テーマIII

地震・台風応答シミュレーションおよび観測結果との比較

 本研究テーマの基本的な目的は、地震応答に関しては、地動に及ぼす地形・地盤の影響評価手法の開発で、このために、工学研究所、建築学科の助成を得て、地震観測ネットの整備をしている。風応答に関しては、制振あるいは免震デバイスの特性を反映した復元力モデルあるいは風洞実験用振動モデルの開発および流体計算手法による風応答シミュレーション手法の開発である。  得られた主な成果は次の通りである。
  1. 地震応答シミュレーション

  2.  本研究では、まず、23号館の設計資料に基づいてモデル化した多質点等価せん断型モデルに、観測された地震記録を人力とした地震応答解析を行い、観測記録との比較を行なった。次に、振動実験結果および地震観測結果に基づいて微小振幅レベルにおける免震層の復元力特性を検討し、検討した復元力特性を用いて地震応答解析を行ない、観測記録との比較を行った。また、本建物は地下2階を有しており、基礎床付けレベルは設計GL−16m程度の深い埋め込みを有することから、建物周辺地盤の影響を考慮した地盤−建物連成系モデルにより地震応答解析を行った。

     得られた知見は以下の通りである。
    1. 23号館で実施されている地震観測記録を用いて地震応答シミュレーションを行なった結果では、観測された地震、すなわち検討に用いた地震はいずれも小さな最大加速度値を示す小地震記録であるが、本建物の免震層は微小変形時より非線形性を示すことが振動実験などから明らかにされており、免震層の復元力特性を地震観測記録に基づいて詳細に設定するごとにより、観測記録を比較的よくシミュレーションすることができた。
    2. さらに、周辺地盤の影響を考慮するために2次元有限要素法により地盤と建物の連成解析を行った結果では、本研究で扱ったような小さな入力レベル(数cm/s2〜数十cm/s2)での地震応答シミュレーションにおいては、周辺地盤の影響よりも微小変形時から特性を示す免震層の非線形性(復元力特性)の評価の方が重要であり、免震層の非線形特性を適切にモデル化することにより精度よい地震応答シミュレーションが可能となる。

  3. 風応答シミュレーション(1)

  4.  小規模軽量免震建築物を対象に、弾性応答時の風方向最大変位に対する免震層の降伏点変位の比βと風方向変動風力に対する風直角方向変動風力の比γを解析パラメータとして、風方向風力と風直角方向風力の二方向人力による弾塑性風応答解析を行った。  得られた知見の要点を以下に示す。

    1. 風直角方向風力の存在により免震層の塑性化が早まり、風方向風力のみを考慮した場合に比べ応答が増大する傾向がある。また、その応答性状はβに依存する。
    2. 弾塑性応答時の標準偏差と弾性応答時の標準偏差の比では、風方向変位、風直角方向変位ともにβが小さくなるにつれ増大し、γが大きいほどその割合が大きい。

     
  5. 風応答シミュレーション(2)

  6.  中低層免震建物を対象に、免震層の復元力特性を取り入れた風洞実験用多自由度弾塑性模型を開発し、基本性能および応答性状を確認し、以下のような知見を得た。

    1. 鉛およびアルミニウム素線を用いて、鉛ダンパーおよび鋼棒ダンパーの実験用モデルを作成し、両ダンパー共に弾性剛性については概ね目標値に一致した。降伏荷重については、鉛ダンパー用モデルが目標値より高めの値を示したものの、鋼棒ダンパー用モデルについては概ね目標に一致した。また、一定振幅の変形に対し一定の履歴を描き、安定した性能を示すダンパーが製作できた。
    2. モデルの自由振動実験の結果、初期剛性時の固有振動数が目標値と良い対応を示した。
    3. 模型用ダンパーの形状絞込みの際に用いたケーススタディは、有効であることが確認された。
    4. アルミニウム素線は、焼きなまし処理により、種々の降伏応力度に設定できることが確認できた。
     
     以上より、本研究で取り入れた免震建物を対象とした風洞実験用弾塑性模型の開発法が妥当であることが確認された。

      また、風応答性状については、以下のような知見を得た。
    1. 応答変位のピークファクターは、平均風速に関係なく4.5前後の値を示した。この結果は、本研究の対象建物である神奈川大学23号館に関する風応答観測結果と良い対応を示している。
    2. 一方、ガスト影響係数は、風速の増加に伴って低下する傾向が認められ、1.8〜2.8程度の値であった。

     
  7. 風応答シミュレーション(3)

  8.  免震建物の風応答解析においては、免震部材の復元力特性を精度良く表現できるモデルが必要であり、加えて捩れ振動を表現できる解析モデルを用いることも同時に重要である。鉛をデバイスとして使用した免震建物に着目し、微小な振幅から弾塑性挙動を示す復元力特性モデルとクリープ変形を考慮した時刻歴風応答解析方法を提案した。

    1. 復元力特性の微小な振幅から弾塑性挙動を示す復元力特性モデルについては、解析結果を地震観測記録および風観測記録と比較し、その復元力モデルの妥当性を示した。
    2. クリープ変形を考慮した解析法については、LRB積層ゴムの一定水平加力試験および一定+正弦波水平加力試験の実験結果と解析結果を比較し、解析方法の妥当性を示した。
    3. また、強風の継続時間が長い場合には、クリープ変形が無視し得ないこと、クリープ変形によって見かけ上剛性が低下したような状態となることを指摘した。
    4. 加えて、LRB積層ゴムの場合には、クリープ変形の発生要因となる鉛部のクリープ変形特性を評価できれば、より精度の高い解析が可能であることを示唆した。
    5. 同様に、鉛ダンパーについてもクリープ変形特性の情報が得られれば、微小な振幅から弾塑性挙動を示す復元力特性モデルと組合せて、クリープ変形の評価は可能である。

研究テーマIV

損傷制御設計法の確立

   本研究テーマの基本的な目的は、以上のプログラムの総合化で、損傷制御という観点から意図された制振建築物あるいは免震建築物の構造設計をスムースに実行するためのシナリオならびにそれを具体化するための各種技術・情報の整備あるいはその方向性の提示である。  得られた主な成果は次の通りである。
  1. 鋼製建物について

  2.  損傷制御構造において、エネルギー吸収機構として用いるダンパーの一つに、座屈拘束ブレースがある。座屈拘束ブレースの場合、鋼管等で補剛されている部分はブレースの断面を小さくできるため、ブレース構造でも柔らかい建物にすることができるため、日本では各開発者によって数種類の座屈拘束ブレースが開発され、実用化されている。  
    しかし、座屈拘束ブレースが実際の建物に組み込まれたときにどの程度その性能を発揮するかについては不明確な点も多い。また、極めて稀に起こる地震動レベルまで考慮して損傷制御構造における座屈拘束ブレースの性能に着目して評価している例は既往の研究にはない。  
    このため、最も標準的と考える損傷制御構造モデルにおいて、精度の高い骨組み解析理論に基づいた数値解析を行い、各レベルの地震動を人力し、座屈拘束ブレースに要求される性能を明らかにした。また、性能評価式に基づいた座屈拘束ブレースの設計法を提案した。

    1. 座屈拘束ブレースの設計には、より正確に塑性変形能力を把握できるω指標(ダンパーのエネルギー吸収率)を用い、レベル2を基本とする。
    2. 鋼モルタル板の設計は、履歴型ダンパーあるいは耐震ブレースとして用いる場合により、座屈拘束ブレースに対する要求性能が異なるため、それぞれの場合の要求性能ωを決定し、上記と同様の設計式によりPE/Pyを求め、鋼モルタル板の断面寸法を決定する。

  3. 鉄筋コンクリート製建物について

  4.  多くの地震国において、耐震設計の基本は大地震時においても人命を保護することにあり、適切な強度を建物に与え、崩壊を防止することを第一の目標としている。しかし、性能設計が指向されるようになり、また、阪神大震災以降、大地震後でも建物を使えるという要求が強くなってきている。建物の損傷制御という言葉も、大地震後の財産保全の観点より語られることが多い。  
    部材の性能を高め、地震後の補修が容易な構造形式、構造部材の開発をめざし、水平力はもっぱらコアで負担し、それ以外の部材は鉛直力のみを負担させるRC壁コアとCFT+フラットプレート構造を組み合わせたハイブリッド(HB)構造の設計手法と、損傷評価について検討した。 

    1. この構造形式の場合、コア壁部分で水平力のほとんどを負担し、地震時のエネルギーもコア部分で吸収することになる。このエネルギーは、コア壁脚部と、各層でコア壁をつなぐ境界梁の塑性変形により吸収することとなる。大地震後に建物が使えるためには、このコア部分のRC部材の修復性が良好である事が必要である。特にエネルギー吸収部材であるX型配筋の境界梁においては、部材中央部の対角クラックが生じないことが必要であり、そのための損傷評価を行い、条件式を示した。
    2. また、外周部のCFT柱とフラットプレート構造については、その復元力特性の設定手法を示し、それを用いた設計法について述べた。  

  5. 強風時の疲労損傷評価

  6.  台風などの強風による建築物の振動では、継続時間が地震動に比べ非常に長いため、特に供用期間の長い高層建築物などの場合、疲労損傷の恐れがある。風による疲労損傷評価を行うためには、建築物の供用期間中に起こりうる強風レベルとその強風の頻度を推定しなければならない。疲労損傷評価に当たっては、風速レベル、頻度をどのように評価するかが重要であり、これら強風特性のモデルが疲労損傷評価の精度に影響を及ぼす。  
    強風特性のモデル化の違いが疲労損傷評価に及ぼす影響について検討するに当たり、まず、日本付近を通過する台風の統計的性質を取りまとめ、モンテカルロ法によって日本全域に渡る台風シミュレーションを可能にした。続いて、台風シミュレーションによって推定される平均風速の見掛け上の評価時間を推定した。さらに、強風の強さの評価法として観測記録に基づいた場合、台風シミュレーションによる場合等について1建物を事例に疲労損傷度を検討した。以下にその要点を示す。

    1. 疲労損傷を精度良く評価するためには、高風速域での風速値・頻度の評価精度が重要である。
    2. 強風の要因を区別せずに年最大風速を評価すると、疲労損傷度を過小に評価する可能性がある。
    3. 高風速域でのみ疲労損傷が問題となる建築物の場合、年最大風速のみを評価すれば、十分に疲労損傷評価は可能である。
    4. 継続時間のモデル式は概ね妥当であると考えられる。



神奈川大学工学部建築学科・工学研究科建築学専攻